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英国での浄土建立
2019年10月13日 第147回ロンドン会座報告

第147回ロンドン会座の報恩講御取越には、世界的に有名な仏教学者である下田正弘教授をお迎えし、三輪精舎の精神的雰囲気は地球の裏側の御本坊、正行寺のそれと全く同じように見えるという同教授のお言葉に、英国同行は大きなお励ましを頂戴しました。

勤行に引き続いての細やかな配慮をもって準備された「浄土の建立」と題する下田先生のご講話、それは参集の同行が仏教思想と浄土思想の根本的特質にもっと親しくなれるようにというご配慮をもって用意されたものでした。学殖豊かにして実践的でもある先生のご講話の要約は、簡単には成し遂げられません。しかしながら、そのご講話の実質は、私たち自身をも含むこの二元的な世界と「無為」の世界の間の動的な関係、その両者の「絶えざる相互作用の流れ」を明らかにしようとする試みでした。佛教は、いかにして「無為の世界」に目覚め、いかにして「二元的有為の世界」から救われるかを、私たちに教えてくれていると仰いました。これはもともと「無為の世界」であるAの領域に何がしかの仮の名を付けることから始まります。これには、「無為の領域」であるAを私たちの二元的世界であるBの領域にもたらす効果があります。しかしながら、これには同時に、その瞬間A領域の無為なるものが、B領域の単なる一区分に堕する危険もあるのです。この問題を克服するために、否定の力が仮の名に適用されます。どのようにかと言えば、例えば、阿弥陀佛の名においては、否定の接頭語aがこの佛の[光]と「寿命」の有限性mitaを否定することによって、この佛がまったく計量を超えたものになっているがごとくにです。したがって、下田先生のご説明に依れば、「阿弥陀佛は『無名の名』と解釈しうる名を持っているが故に、B領域の世界の一存在ではなく、無限にA領域の世界を開き続けるのです」。

ご講話の後続部分では、上記の所見は、蓮如上人の「五重の義」の教えの場合のように、信心の目覚めという現実的問題に適用されると述べられました。下田教授は特に「善知識」の重要性を取り上げられ、「BからAへの移行は、同行善知識の存在を前提しており、私たちは彼らの存在の中にAの世界が働いているのを見ます」と説明なさいました。さらに「それが見出されたということは、私たち自身の内にAが目覚めていることを意味します」と述べられました。下田先生のご講話のこの部分の好い実例は、この後のお会座の展開の中で石井建心師が言い当てられたように、クリス・ドット氏と故佐藤博子夫人の出会いに見出すことができます。病床で博子さんはクリスさんに対して「お浄土でまた会いましょう」と仰いました。これを聞いたクリスさんは、その時を振り返りながら、「はじめてお浄土に生まれたいと思った」と言われました。建心師は、「これは、下田先生が仰ったように、クリスさんの中にAを見出していた博子さんのAに触れて、そのような素晴らしい出会いが結実したのです」と説明されました。下田教授ご自身がご講話で述べられたように、「博子さんが、文字通り浄土にご往生されたいま、彼岸と此岸の境さえ超えてAはさらに広く開き出されています」。

下田先生のすばらしい提唱が終った後、ホワイト教授は釈迦牟尼佛の教えの要義をかくも正確に簡潔に要約されたことを讃嘆なさいました。しかしながら、ホワイト教授はまた、すべての集会者に対して二元的な思考法に陥る危険への注意を喚起し、大乗仏教哲学は究極的なものを「有でもなければ無でもない」と言うと布演されました。下田先生は、このホワイト教授のご所感を、佛教の教えを英語という言語で表現する最も適切な方法を考える上で非常に大切であると、こころより喜んで受け容れられました。

参加者の一人は下田教授に対して、なぜ佛教は日常的な二元的分別の世界(Bの領域)を離れて、無為の領域(A領域)を立てることを主張するのか、その点を説明して欲しいと要請されました。「なぜ私たちは存在の二元性に満足できないのですか。どうして私たちはもう一つの領域を立てて調和を求める必要があるのでしょうか」と付け加えられました。下田教授は、「その理由は、私たちが他者と共に生きているという事実から来ています。Bの領域内では、その他者性が絶対的であり、威圧や統制をもってしても、克服できないという事実があるためです。ただ自己否定によってのみ調和は実現できるのです」と答えられました。

お会座のもう一人の参加者は、師弟関係を形成する絆の不溶解性を語り、「善知識にとって、求道者のBの世界は、拒絶の対象ではなくて、むしろ受容されて善知識とともにAへと昇華されるのです」というお言葉に見出される、下田教授のこの点の解明に大きな喜びを覚えたと披瀝しました。

顕明師は、このディスカッションの場を下田教授への感謝の言葉で総括され、「稀にして貴重な、実践的学者であり、下田教授の佛教の研究と解明は、どの点をとっても深い宗教的経験に基いています」と讃嘆されました。しばし言葉に詰まられた後、顕明先生は「下田先生は私を超えています。ですから、描写はできません。しかし、先生が今ここにおられるということは、僧伽にとって量りしれない重要性があります。もし、私の死後、仏教書の翻訳に関して、僧伽内で解決できないような深刻な問題に出くわすようなことがあれば、下田先生に相談して助けてもらってください」と言われました。顕明先生はまた、ご友人のジョン・ホワイト教授と共に翻訳出版された最近の著書 『5-7-5 芭蕉の俳句』への序文を書いて頂いたことに対しても、下田先生に甚深の謝意を述べられ、「下田先生は俳句が好きで、その序文において俳句もまた無為のAを指し示していることを明らかにして下さっています」と仰いました。

お取越の会座を終わるに当たって、本日参集の皆さんは、お嬢さんの瑤子さんと共に来英された橋元新平氏の「私が三輪精舎に住まわせて頂いていた十五年前と比べると、今日は本当に力強くなった勤行に会わせて頂きました」という讃嘆のお言葉を聞かせて頂きました。

合掌

アンディ・バリット