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「自分の愚かさを自覚すればするほど、阿弥陀佛の光を感じる」

2022年10月 三輪精舎 第30回疏開リトリート報告

三輪精舎だけでなく、世の中の他のコミュニティでも広く行事の参加者が減少しているように、第30回目の疏開リトリートにはいつもより少ない14名のお同行が参加しました。2年間に亘るコロナ禍による社会的制限の精神的・心理的影響の名残を、サンガとしてはこれからの数ヶ月・数年の間に建設的な対話を通して精算する必要があるでしょう。そういう状況にも拘わらず、この小さな集まりは、お同行がこれまで以上に深い次元で互いに出会い直しをする機会を多く与えてくれました。南無阿弥陀佛

リトリートの開講式では、ブラジル出身のお同行で、三輪精舎に一年前から参詣しているペドロ・サンティアゴ氏が、全参加者を代表して伝統的な「誓いの言葉」を述べられました。ロンドンに到着し、三輪精舎サンガとお同行に出会ったことを思いながら、彼は大谷派の僧侶であった故リカルド・ マリオ・ ゴンサルベス師の次のお言葉を思い出したそうです。

私はいつも佛教を「旅し続ける宗教」、「旅の宗教」として体験してきました。しかし、時間が経つにつれて、外的な旅以上に、自分自身を探す内的な旅「内なる旅」があることを発見するのです」。

ペドロ 氏は「サンガを当然のことと考えたり、自分を他とは関わりのない独立したものだと考えたり、縁起の真理を決して忘れたりしないことを誓います」と述べられました。 この誓いの言葉は多くの法友たちに大きな衝撃を与え、そのうちの 一人は、サンガを当然のことと考え、それを賜りものではなく「権利」と見なして来た我が身に気付き懺悔しました。 南無阿弥陀佛

いつものように、疏開に先立ちオンライン座談会を行い、今回のリトリートのテーマである「信心」について考察をしました。

アンドリュー・ウェブ氏は、今夏正行寺を訪問し、境内に入りって法友に迎えられた時、自分の中にあった「苦しみの重荷が自然に取り除かれた」体験を語りました。それは、「かつてジョン・ホワイト教授が、人生の最後まで正行寺との間断なき精神的交流を確立し維持しようとする純粋な意志を持って、文字通り命がけで正行寺に旅しておられたことを思い起こさせる体験であった」と述べられました。

また、アンディ・バリットは、最近亡くなった法友青木美歌さんを振り返りながら、美歌さんの死を深く悲しみ、美歌さんに執着を持ってしまっていた問題に気付くようにと、建心師が助けて下さった過程を次のように話しました。「私は自分の煩悩の幻影の中身に注目していました。建心さんが自分の執着に気づかせてくれた途端、美歌さんの不在という暗い空虚が突然、明るい充足感として現れました 」と。そして、この体験は、顕明師の師匠である鈴木大拙先生の死についての顕明師のお言葉を思い出させたと付け加えさせて頂きました。

「この『死』という大きな変化を通して、先生が具現しておられた永遠の用きは、私たちの日常生活の只中に明確に示されました。それは、まさしく自然に生じ、それに接するものすべてを摂取し浄化する永遠の用きそのものでたした」

クリストファー・ダックスベリー氏は、自分のオフィスにある自動回転式ドアについて触れながら次のように述べました。「回転ドアの中に入るとドアは勝手に動き出しますが、触ったり押したりすると止まってしまいます。このドアを通れるか通れないかは、その仕組みを知り、お任せできるかどうかにかかっています。私は自分の力で『信心』につながる扉を強く押しすぎていることが多いように感じます。手放しで、本当にお任せできれば、扉は勝手に開いてくれるのかもしれません。それでもまだ私は扉を押してしまいます」と。 

また、ティナさんは、「庭作業をしているとき、芋虫に気が付きました」と、次のようにとてもわかりやすい比喩を共有してくれました。「芋虫は繭の中に入るとき、『絶対の信念』を持っています。食べられたり、生きられなかったりすることもありますが、それでも必ず出てくると確信を持って繭に入り、最終的に出てきたときには立派な蝶になるのです。芋虫から蝶になる例から私たちが受け取るべき教訓は、自分のすることに疑いなく信念を持つということです。

残念ながら、ここでお同行のすべてのお言葉を引用するスペースはありません。 しかし、この座談会の様子をまとめるにあたり、サム氏が、彼と同じ事前座談会の班に居られた顕明先生の言葉を次のように引用してくれました。

「『見えない他者』に帰依するということは、『自分の意識を超えて』、思考を超えて」ということです。 帰依するその刹那の瞬間、心は清らかです。もしあなたが 信心は自分で掴み取ることができるものだと思っているなら、そうではありません。 それはあなたが体験するものであり、阿弥陀如来からの賜わり物です。 私たちの生活のあらゆる瞬間は、私たちの実際の現実、つまり私たちの煩悩に気付くために重要です」と。

土曜日には、建心師から「信心の目覚め」と題された素晴らしいご法話を賜りました。その中で建心師は、報恩講と御取越の意味、煩悩の束縛からの解放について、精神的な誕生について、縁起についてなど、さまざまなトピックを取り上げられました。ここでそのご法話を要約することは不可能ですが、特に多くのお同行が感銘を受けたのは、次のお言葉でした。

人々が阿弥陀佛の救済を必要だと感じないのは、私たちが自分の苦しみの原因を認識していないからです。つまり自分の苦しみは他人や環境のせいだと勘違いしているのです。聞法の本来の目的は、すべての苦しみの原因である私たちの煩悩の束縛から解放され自由になることであることを思い出しましょう。

鈴木大拙先生や顕明師が教えて下さっているのは、人生の現実に目覚めることの大切さです。そのためには、私たち凡人の目を開いてくれる方が必要です。私たちが他者に対して敬いを持ち、注意深く接すれば、他者が私たちの意識を完全に超えているという事実に目覚めます。そのような出会いは、私たちに大きな影響を与え、私たちの自己中心的な妄想から、「生かされている」という人生の素晴らしい現実へと目覚めさせてくれます。これが真の出会い、あるいは他力の信に与る瞬間だと、そう思っています。

建心師はまた、顕明先生が親鸞聖人御消息を英訳される際に、お同行の間で話題になった「不退転」の意味を明らかにしてくれました。 建心師と顕明先生は、帰命の一念に阿弥陀如来から賜った信心に退転はないが、それでもなお私たちは人生の終わりまで怒りと貪欲の波に悩まされますと仰いました。しかし、建心師は次のように仰って、私たちの不安をなくしてくれました。

(怒りや貪欲を繰り返す)この悲しい現実に目覚め、阿弥陀さまの光のもとで自分の宿業として受け入れ懺悔するとき、阿弥陀様に抱かれている温もりを今ここで再度感じることができるのです。 私にとって他力信心とは、自分自身の愚かさと阿弥陀様の大慈悲に目覚めるとき、何の留保も言い訳もなく、素直に「ごめんなさい」「ありがとうございます」、そして「はい、よろしくお願いします」と心から、謙虚に、敬いを持って、今、言えるようになることです。その誠実さ、謙虚さ、恭敬心はすべて阿弥陀様からの賜り物です。

アンディ・バリットは、サンガを代表しての建心師のご法話に感謝し、私たちのサンガでは「ありがとう、ごめんなさい」という教えをよく耳にしますが、建心師が「はい。よろしくお願いします」という言葉を加えられたことで、念佛の「大行」と懺悔の繋がりが明確になったと述べました。顕明先生のおっしゃるように、信心獲得後の信者の生き方は、無量寿である阿弥陀佛が、その個人の生き方を通して顕現したものであり、阿弥陀佛への感謝の表現として念佛を称えることです。

土曜日の夕方は、建心師のご指導のもと、翌日の御取越で勤められる伽陀の練習をしました。この習礼を通して、「お同行と調和すること」、「自分が突出して人を置き去りにしないこと」、「全身全霊で感謝を表すこと」の意味を学ばせて頂きました。

日曜日午前中のリトリート最後の座談会で、クリストファー・ダックスベリー氏は、私たちが共有した内観の時間の中で、彼が自らに消化したいくつかの重要なポイントを要約し、次のように述べました。

「クリス・ドッド氏は一見非常に単純なことを言われましたが、私にとってはとても示唆に富むものでした。それは、『信心は無我とつながっている』という言葉です。これは、サム氏が語った鈴木大拙先生の『阿弥陀様が私たちの人生や存在に入り込むのではなく、私たちの存在が阿弥陀様に運ばれていくのです』というお言葉によって完全に補完されるものでした。鈴木佳さんが『自分の愚かさを自覚すればするほど、阿弥陀の光を感じる』と言われたのは、これをさらに発展させたものだと思います」と。

またアンドリュー・ウェブ氏は、建心師のご法話にあった、「正行寺ではいつも、過去の信心では今日は助からないと言われます」というお言葉に非常に感銘を受けたと付け加え、「日常的に繰り返し聞法しなければ、自分と真実の間に現れるギャップや、自分の執着、煩悩の存在に気づくことはできないと感じました」とお礼を言われました。このアンドリュー氏の言葉を受け、サム氏はすべてのお同行を代表して感謝の意を次のように表しました。

「ご院家さまとすべての日本のお同行の皆様の、三輪精舎と第三十回疏開リトリートへの計り知れないサポートに対して、深い感謝の意を表したいと思います。 また、顕明先生、建心師、早苗さんには、この素晴らしい精神的な旅を導き、サポートしていただきました。この疏開に参加し、お同行と共に、お浄土への道をさらに一歩踏み出す機会を与えられたことに心から感謝申し上げます」

南無阿弥陀佛

合掌 アンディ

2022年10月27日